歌詞ゼロで世界観を作った、攻めのアップビート
なんというか、ふざけているのか真面目なのかわからない曲だと思ったが、実はこの経路は過去を振り返ると意外とあったりする。まずぱっと思いついたのが米米CLUBとスキャットマン・ジョンだ。米米CLUBは意図的にやっていたと思うが、スキャットマン・ジョンは別にふざけてやっていたわけではないだろう。ただ、エンタメとしての楽しさを全面に出していたことは疑いようがない。そのDNAを引き継いだ曲に感じたのだ。 アレンジは和風のテイストとダンスビートをミックスした形で作られている。これは(めちゃくちゃ個人的な好みでしかないのだが)ダンスビートやロックに三味線を乗せた音楽が結構好きである。個人的にもSUNOでそういう曲を作っていたりする。日本で有名なところでいうとタキオのソーラン節、いわゆるロック・ポップアレンジされたソーラン節があるが、個人的におすすめは(かなりマニアックだが)キン肉マンのキャラであるリキシマンのキャラソングだ。バックの三味線がかなり良い味を出しているのだが、本曲もまさにあの「ビートに三味線が乗る快感」を正当に受け継いでいる。 本曲はそれよりもかなりアップビートでノリの良い曲に仕上がっている。歌詞がヨーデル的なものだったり、HA!といったシャウトだったり、まあつまりは歌詞の内容がないわけだが、正直歌詞がなかったからこそこの曲の良さがしっかり作れているような気がする。この流れで真剣な歌詞を入れても、世界観を作るのが難しかったように思うからだ。例えば韓国のアーティスト NORAZO の WILD HORSE や Curry などは(個人的にはかなり好きだが)かなりコミカルになってしまう印象がある。そこを歌詞をつけずに世界観を作ったのは良い選択だったように思う。 もっとも、掛け声主体であるがゆえに展開の幅は狭くなってしまうところがあり、後半にかけてやや同じ景色が続く印象は拭えない。一発の瞬発力で勝負する曲なので、一曲通してというより、DJセットの中で一瞬ぶち込むような使われ方が本領だろう。逆に言えば、深夜のクラブでこれが不意に流れたら、確実に上がれるタイプだ。 この手のジャンルはどこか東洋的というか、あまり欧米の音楽シーンにはないように思う。座敷宴会の延長というか(というか個人的には、日本人のクラブ文化やディスコ文化は座敷宴会の延長だと思っている)。理屈より先に身体が動き、意味より場の高揚が優先される――そういう「みんなで声を出して盛り上がる」音楽の系譜だ。かなり突き抜けて攻めた作品で来たな、という感覚はあるが、実はその文脈においては、これ以上ないほど正当なラインを守っているのだ。
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