シティポップの語彙で綴られた、一篇のバラード
オルガンの音が好きだ。オルガンは鍵盤楽器の中でも特に、包み込むような温かさを感じさせてくれる。本曲「Diving Off the Left Cliff」はまさにそのオルガンをフィーチャーしたシティポップに仕上がっているのだが、このオルガンがこの曲の個性を決定づけている。 全体的なクリーンサウンドに徹したウワモノ、あの時代のグルーヴを再現したリズム隊が、この曲が明確にシティポップであることを主張している。だが奇妙なことに、聴き終えて残るのはアッパーな高揚ではなく、柔らかさだ。記憶の淡さ、ぼんやりと——古い思い出なのか昨日の出来事なのか——その輪郭を包み込んでいくような感触。クリーンでグルーヴィなはずのシティポップが、なぜこれほど柔らかく響くのか。 歌詞は純粋なラブソングだ。恋の始まりの楽しさと切なさが同居する心情を、ウィスパーまではいかないが、静かにボーカルが紡いでいる。 その柔らかさの一因は、テンポにある。シティポップは本来グルーヴの音楽で、速度の中でこそ16分のカッティングやリズム隊のポケットが活きる。だがこの曲はあえてテンポを落とし、グルーヴを「走らせる」のではなく「たゆたわせる」方を選んでいる。つまりこれはシティポップのアッパーな高揚ではなく、シティポップの語彙で綴られたバラードだ。純粋なラブソングという内容にふさわしい器を、サウンドの側があらかじめ用意している。サビの終わりの「purest joy is found in holding you.」の「holding you.」の伸びやかな終わり方なんて、まさにその器の深さを物語っている。 そして、柔らかさの正体の核心はコーラスにある。オルガンがゴスペル的な厚みを担うとすれば、コーラスはその上に「声の層」を積んでいく役回りだ。この二つが重なったとき、シティポップはソウルへと一歩踏み出す。一人のボーカルが歌う私的なラブソングでありながら、背後で広がるハーモニーが、記憶の中の誰かが一緒に口ずさんでいるような奥行きを生む。冒頭で問うた柔らかさの正体は、案外このソロとコーラスの距離感にあるのかもしれない。
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